アートってなんだろか。
ごく単純に、『第2母国語』という言語なんじゃないだろうか・・・
と、海外の投稿板を利用している昨今、そう思えてくる。
外国語じゃなくて、母国語。
誰もが自然と身に付けているものという意味で。
しかもこの『第2母国語』、世界の共通言語だったりする。。。
社会人ともなると、とかく苦労して外国語を身につけようと躍起になるわけだけど、
実は既に隠れて共通語を持っていたりするのね。灯台下暗し。
子供の絵が見事に機微に富んでいて、表現力に勝っているのは、
彼らはまだ第1母国語を上手に扱えないからなのだろうな。
言語というものが如何に技巧を尽くしたとしても、
人の思念や感情の大半を表現しきれないという限界があるものだから、
我々は『第2母国語』にそれを委ねてコミュニケートするのかもしれない。
体感・温度・匂い・時間・情動・・・
言葉に表しきれないこれらの情感を伝えるのに、アートが大活躍したりする。
そしてこれらは当然人類の共通な感覚だったりするので、
自分がビビッときたそのものを、相手がキャッチしてくれたりする。
これが実に悦なんだなー
いつも自分は作品に「ビビッ」を載せておく。釣りエサみたいに。
すると、幾つかコメントをもらっていく中で、
ごくごく稀になんだけど、「あっ、この人、分かってるよー、伝わってるよー」
という不思議な現象が起こったりする。これがアートかぁーとそんなとき思う。
「 こんな俺でも、ア、アートですか・・・ 」
でも、あたりまえなんだよね。
幼稚園のガキでもできることなんだから。。。

音楽も含めてなんですが、絵画など芸術をPCのビット数に変えたら情報量は言語の比ではありません
アートは人が無意識に感じ取ってさえ居る情報さえ含んでいます。ただし言語も捨てたものでもないかもしれませんが…
私自身イメージ…心の中の抽象的な感覚を言語で伝えるのは非常に下手だと思っていて…だから絵を描いたりしてこれまでの人生を歩んできたのかなと思っています。
でも私は日常では多弁なんですよね…そのくせその言語量の多さの割りに情報が効率よく相手に伝わってないジレンマも持っています。ムダな表現が言語において私の場合多すぎますが
絵画などの抽象的な世界ではムダほど重要な伏線はないのです
。
でもかいつまんでいうと言語と抽象(ここではアートという意味も含まれる)は同一線上にあって無きが如しです…どちらも大切です。それも区切って正確に速く相手に情報を伝えるのに言語ほど的確なものはないでしょ
意思疎通という側面では、言語に勝るものはないかもですね。
「Help」など、絵で伝えるより言葉の方が的確でしょう (^-^)
逆に心象風景という側面では、絵の方がスピーディー。
心って、普段は心象風景の中で漂っている時間の方が多かったり・・・
あれ? そんなのんきな奴はサラリーマンにはいないか。